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2003年12月

2003.12.31

お笑い--10.『ミスター・ビーン』

文句なく面白い!
ミスター・ビーンって、、、車の運転上手なんだよね (笑)
ぴったりと一回で車の幅だけの所に駐車しちゃうし、ロックするときも思わずやられた〜って感じ(詳しくはビデオかDVDをご覧下さいませ。ネタバレになっちゃうと面白くないから♪)
あのちっこい車(ビートル)に長い手足をいっぱいいっぱい詰め込んで、、あれも英国的なジョークだね(爆)

彼のシリーズで好きなのは、旅行鞄に色々と詰めていく話、
パーキングでゴタゴタする話、、、圧巻はやはりベンチに座ってランチを食べようとする話でしょうか
確か<志村けん>もこれが好きで、全く同じコントをテレビでしていましたが、、、やはり本物とは違う。。。あのヌーボーとしたビーンだからこそのコントなのよねぇ(志村けんは、嫌いじゃないけど)

でも実際のローワン・アトキンソンは、目茶苦茶かっこいいんです! しかも知的(☆.☆)
ぴったりした服を着るとほんと、、スマートなんだなぁ、、これが。
人間って、体にあったものを着なくちゃダメって事ね。(えっ、それはちぃと違うって?)

2003.12.30

CINEMA--3.『ニュー・シネマ・パラダイス』

自分の好きな映画のトップ5にこの映画を選ぶファンも多いのではないでしょうか
「ニュー・シネマ・パラダイス」

娯楽の少ない時代に、どの国でも「映画」というのは特別なもの
今年観た「中国の小さなお針子」のワンシーンの中にも、若者達が街へでかけ、、アラスジを覚えて皆の前で再演をするというシーンがあるのだが、村人の期待の大きさは並大抵のものではない

スクリーンに食い入るように見つめる人々
日本もこんな時代が確かにあったんだよね。
今はテレビにビデオ、DVDが豊富な時代だから、たくさんの楽しみの中の一つの娯楽にすぎないかもしれない。
でも昔はもっと、何も見逃しはしまい!と、映画館で真剣に観ていたような気がする(笑)
だから昔みた映画の方が、記憶は鮮明だったりするのだ(・・;)
ん、、若いから記憶がいい、、、と、言われればそれはそうなんだけど (* ̄m ̄)ぷっ

さてさて「ニュー・シネマ・パラダイス」に話しを戻すと、今夜この完全オリジナル版が放映される♪@大阪(1:35am〜)
主人公は小さい男の子と映画技師。場所はシチリア@イタリア

ん、あまり多くは語らずにおこう♪
最後の最後に、、、いっきに感動が押し寄せてくるのだ!(確約します)

CINEMA--2.『12人の怒れる男(TVM)』

『12人の怒れる男/評決の行方』(1997)を昨夜、NHKで観た
こちらは'57の『12人の怒れる男(映画)』のリメイク版

画面は白黒だったので、もう少し前の作品かなと思ったが97年ということは・・・以外と最近の作品やね
どこかで見た顔が、、と考えていたらCSIのウィリアム・L・ピーターセンが出ているのでびっくり
CSIから3年経っている時の画像だけど、白黒のせいか、若いんだよね(☆.☆)
(ん、、、変なとこが気になってたりして(笑))

ヘンリー・フォンダの役をジャック・レモンが演じているのは面白かった
きっと役者さんにとっては演じがいのある作品なんでしょうね

人が人を裁くという事の重大さを、私達は考えなければならない
陪審員制というものが出来た時の弊害はたくさんあったに違いない
57年にこの作品が出来た時にアメリカの人々に与えた影響はいかばかりだったのだろうか。。。

法廷もので、、最後にスキっとする展開は好きなんだけど(ア・フュ−・グッドメンとか)
この<12人の怒れる男>は法廷劇の基礎とも言える作品ですね♪

お笑い--9.ボキャブラ天国とオセロ

ボキャブラ天国という番組があったのを覚えていられるだろうか
私がちゃんと見ていたのは、最初の頃だけなんだけど(^^ゞ

92年からの1年間「タモリのボキャブラ天国」(30分)とその半年後の「タモリのSUPERボキャブラ天国」(1時間)
その後はマンネリになったので見なくなったけど(ーー;) 関東では、、続いていたみたいなんですね(99年に終了)
現在CSでアンコールで放映されている(フジテレビ721)というのを今日、偶然知った(笑)

あの当時、よく座布団を貰っていた<爆笑問題>が一番の出世頭なんだろうか
確かに、、群を抜いたセンスが今の活躍を物語っているけれど、最近ちと変な方向に進んでいる太田君が心配だ(爆)

つぶやきシローも好きな芸人さんだったけど、最近、関西のテレビには映らないので、ちぃと・・寂しい
彼の挙動不審な態度がひどくなってきているのが原因?? だなんて考えたりして

その他には、、ん、、 ネプチューンも出ていたらしいけど、、、私は覚えていない
よっぽどひどかったのだろうか、、彼ら(・・;)

そしてあの頃のメンバーで当時、、、相当ひどかった<オセロ>の活躍はここ2年というもの凄いものがある
いつの間にあれだけの話術(会話のセンスやネタ)を手に入れたのか
ほんと、二人とも一人づつ番組に出ても面白いネタをちゃんと持っている

特に「きらきらアフロ」という番組での<つるべ>vs<松島>は、二人の物を知らない同志の会話(あら、、言い過ぎたかな(笑))がびっくりするくらいツボにはまるのである

オセロの中島はこれからきっと司会者という仕切りの仕事をまかされる事が多くなってくるに違いないんやろうね
彼女の頭の回転の良さが最近、目立ってきているのだから

オセロ〜頑張れ〜

2003.12.28

お笑い--8.M-1グランプリ決勝

<生>での戦いの凄さを今回はより重苦しく感じた

昨年、一昨年とは比べ物にならないほどの質の高さではなかっただろうか>全コンビ
どのコンビも普段よりは出来がいい

しかし度肝を抜かれたのは、、、<笑い飯>の一回目の漫才(☆.☆)
フット&アメザリファンの私としては、、びびった(笑)

抜群の間の取り方、、声の迫力
おいおいおいおい、、、、、。凄いやん!<笑い飯>
今回は、既に決まったのか???(グランプリはここか? フットぉ、、、どうするぅ〜)

しかし続く2丁拳銃も、、今までの彼らではなかった。この一年、腕を磨いてきたという噂は本物だ
決勝へと進んできたのは、当然だったのだ(☆.☆)
ネタがドンドンドンドンとたたみかけるように進んでいく。
(あら、、これは決勝に残るかも、、)
(ん、、、フットォ、、本当に大丈夫かい???)

アメザリは、、4分という中で、それなりの笑いはとれたが
やっぱりネタ自体の濃縮度が、ちと薄かったか(・・;)>残念

さて本命のフット。。。
いぁ、、このネタは以前に見たときも<上手い>と思っていたので
ネタの質としては心配していなかったけれど
さすが、、本番に合わせてきただけの事はあるやん♪
(うん、、ちと手ごたえあり(笑))

3年目を迎えるこの大会
まぁまぁの漫才では勝てない
気迫は勿論 4分間のネタの間、、ずぅ〜とダレルことは許されないのである
少しでもネタで手を抜いてしまえば、、もう取り残されてしまう

3年目にM-1の真髄が出てきた
蒔いた種が、、確実に育ってきている
漫才ブームの再来のような力強さを実感できる日も遠くはないかもしれない

最後に、、、フットぉ〜おめでとう♪

2003.12.27

お笑い--7.M-1グランプリ前夜予想

明日はM-1グランプリ!
決勝進出を決めている8組は、2丁拳銃、麒麟(きりん)、スピードワゴン、千鳥、アメリカザリガニ、フットボールアワー、りあるキッズ、笑い飯。それに明日、敗者復活でもう一組選ばれ 計9組

審査員の好みにもよる
昨年は、立川談志の点が低かった「スピードワゴン」>ちと下ネタがはいったから

「笑い飯」は、私的にあまり好きではない
声が嫌いなのか、二人とも延々とボケルという形態が嫌いなのかもしれない

声と言う点では、「麒麟」は一人は抜群の美声(川島君)で(声優でも成功しそうな感じ)と、田村君の耳障りな声(・・;)
彼等はここ一年、、伸び悩んでいる。ある番組で自らが認めていたけれどM-1での好評価で<天狗>になっていた。。らしい。(笑) 慢心が及ぼす力というのは恐ろしいものである。

りあるキッズが、誕生した番組を見ていた。お互いが別のコンビを組んでいたけど、それぞれが選ばれ、最終的に二人が直接、ダウンタウンの前で漫才を披露。あれからもう、7年になるのね。(確か、コンビ結成7年。)
最近やっと、自分たちの年齢にあった漫才をしている、との事。決勝に残るのは難しいかな。。

本命はやっぱりフットボールアワーだよね。
彼らのネタは、ボケ方も面白いし間合いも、とてもいいんだ。
岩尾君のボケを活かす後藤君のコントロールが素晴らしいのだろう。漫才だけでなく、テレビの普通のトークでの受け答えも、可能性が見えてきた。ダウンタウンのような、司会者としての素質が。

彼らは、やっぱり大本命だけれど
その日の調子が、よければ、アメリカザリガニが、、、、ひょっとしてひょっとするかもしれない。
力みが出ないことを祈る。。。真面目だもんねぇ、、アメザリ。
テンションの高さが、一生懸命さに繋がって、熱演になり、、爆笑になればいいんだけど

ん、、、、。結局、私が応援しているのは
フットボールアワーとアメリカザリガニ、、、かな♪

そうそう、明日の3時半から決戦直前放送があるのですぅ
今年も裏番組的な内容になってたらいいのにな。こちらも絶対見逃せない(☆.☆)

2003.12.26

CINEMA--1.原作とのギャップ(『模倣犯』)

宮部みゆきの『模倣犯』を手にしたのは昨年の5月
読み始めた瞬間から、あっという間に精神的圧迫がトップギアに放り込まれた
しかもその状態が一冊の本、延々と続くのだ

目に見えない犯人の恐ろしさ。 これでもかこれでもかと続く、犯罪。
罠にかかっていくのがまるで自分であるかのように感じ、一度読むのを中断すれば次にその本を手に取るのが恐ろしいのだ。またあの世界へ帰っていくかとおもうと、、暗い気持ちになる。
だが、読まずにはいられない。

この原作を映画化するには、とても難しいであろう
登場人物の書き込みがわかりやすく(それは宮部みゆきの書き手の巧みさによるのだが)
それを映画で一々、紹介していては話しのスピード感がなくなってしまう

映画にすると、どの部分に光を当てるのかが鍵なのだが

<それにしても、中居君の演技は下手だなぁ、、、、(・・;)>

この映画は絶対に原作を読んでください!!!
こんな映画の展開では、、原作が泣いてしまうから・・・。

2003.12.24

アクセス解析しておきながら・・

アクセス解析をつけているくせに
実際に訪れていただいたサイトへ訪問してみて
自分のサイトへのリンクがあると、、、、ちと恥ずかしくなって 慌てて帰ってきたりする。。。(笑)

なんのための、解析なんだか(^^ゞ 

実際 ココログの多くの人がこのアクセス付きカウンターを利用されているみたいですね。
ほんと、スグレモノです、これ。二重カウント防止付きですしね。 
ちぃと難を言えば、アクセスの訪問が8時間前が最新だということ、、。

無料だから、、文句は言わずにおこう。

お笑い--6.漫才ブームと『サブロー・シロー』

漫才ブームになったキッカケの番組をよく覚えている
しかも最近、<やすし・きよし>の番組関連でその事を紹介されていたので、あぁやっぱりと確認した

<B&B>と<やすきよ>が東京へ乗り込んで<セント・ルイス>との3組で熱演を繰り広げたお笑い番組があった
当時は全国ネットのお笑い番組などなかったのだろう(大阪では寄席番組がいくつか放映されていたけれど)

日曜夜9時に花王がスポンサーになり高視聴率を稼いだと記憶しているのだが、この記憶はあってる?(一体ダレに問いかけてるんだか、、私(笑))

漫才ブームのメンバーの中で一番好きなのは、『サブロー・シロー』(あっ、そうそう<やすし・きよし>は別格です♪)
<ザ・ボンチ>や<のりお・よしお>のワンパターンの芸があまり好きじゃなかったし、B&Bの一人芸とも思われる漫才も段々疲れてくる。。。<紳助・竜介>もあの圧倒的な盛り上がり方にビビッているのがわかり、漫才には精彩が欠けていた。ツービートの場合は、中には面白いネタもあったりしたが未だに何故あれほどの人気が出たのか不思議でならない。
(などと、自分勝手な意見を書いてます(笑) ま、あくまでもここは私自身の見方ということでご容赦願いたい)

さて、話しは戻って『サブロー・シロー』彼らがコンビ別れをしてしまったのは、本当に残念
二人とも<しゃべくり>が上手でお互いが舞台の上ではライバルという漫才をする
<やす・きよ>の漫才のように相手のツッコミにどう対処していくか、舞台にあがるたびにネタが微妙に違ってくるから 見る側も当然その世界にひきつけられていく

あの当時、サブロー・シローは自分達の事をよく把握していた
“『巨人・阪神』の2番手で、もう一息で追い付ける”という意気込みをラジオ大阪のある番組で話しをしていたからだ。 
それは本当に大正解で、間違いなく彼らは漫才の世界でトップに立つに違いないと思っていた
<やす・きよ>のあとを継ぐのは他でもない『サブロー・シロー』であると

10年以上培ってきたものが才能がありながら別れてしまう無念さは、まるで
<ある新人社員が会社でやっと仕事が一人前になってきて突然、“退社”(結婚とか、やっぱりこの仕事は向いてない。。とか)を宣言する時に感じる上司の無念さ>に ファン心理としては似てるかなぁ、、(笑)
 
漫才という世界は、お互いが我慢しあうのも才能のひとつかもしれない

2003.12.23

HPとの戦い! 

『Teaparty』というHPを初めて3年と8カ月。 
色々なサイトを巡っては、“あれ、これはどうするんだろう?”とソースを拝見させて頂いて研究につぐ、研究、、、、。なんてのは冗談(笑) 
JavascriptやCGIをさも判ったように使わせて貰っちゃいるけど、実際は全くわからない(ーー;)

スタイルシートにも手を出したいけれど、これも勉強が必要で頭の痛い事ったらありゃしない。ふぅ。(溜息)
でも最近、、、前は全然頭に入ってこなかった、classとかidが判ってきたみたい♪>遅すぎ?
人間、めげずに同じものを何度も読んでいるとぼんやりとでも理解していくのね。
でも、、、欲を言えば 2,3回で把握したいものだわ

2003.12.22

お笑い--5.二つの新喜劇

小学生の頃、土曜日は私にとって特別の曜日であった
<給食がない>という事だけでも○な日である(笑)
(給食で使われている、豚肉がどうしても食べられなかった(・・;)からだけど)

土曜の昼、12時20分の4時間目終業とともに(掃除当番でない時は)家へ急いで帰る
1時に始まる吉本新喜劇に間に合わせたかったのだ!

◇吉本新喜劇の中で大好きだったのは<花紀 京>さん
体を使っての変なギャグはあまり好きではなくて、花紀さんのおとぼけぶりな会話がツボにはまったのだ
脚本の力だったのか、花紀さん自身のアドリブの賜物であったのかは 幸か不幸か小さい私には見抜けなかったけれど

その点で言えば<木村進>さんも、ほれ込んだ役者さんの一人
博多弁でしゃべくりまくる<おばぁちゃん>は はまり役であったのだが
ある日、突然 病に倒れぷっつりと姿を見せなくなってしまった
何年か前にあるテレビ番組で 大病をされてリハビリをし頑張っている姿を拝見したが、なんとも惜しい才能を神様は断念させてしまったと、つくづく感じる。
きっと ご本人が一番悔しかったであろう。 
 
◇ドタバタな吉本のあとにすぐ、松竹新喜劇が始まる
泣いて、笑って、、泣いて、、、子供ながらに藤山 寛美の魅力にとりつかれてしまった(笑)
場面としてうっすら感覚で覚えているのは 寛美さんと渋谷天外さんとのかけあいで、寛美さんのアドリブに天外さんがはまってしまい 芝居が続けられないという一場面
これも演出の一部だったのだろうか。。(爆) 

この時以後、寛美さんが舞台の上で役者さんを笑わせてしまうのを楽しみに待つようになったのである

松竹新喜劇はテレビで見るものとの固定観念があったせいか
大阪に住みながら中座へはそれまでに一度も足を運んだことがない
平成2年に寛美さんが突然お亡くなりになられて初めて“なぜ生の舞台を見に行かなかったのかと”
今になって後悔している  

2003.12.21

お笑い--4.夢路いとし・喜味こいし

今年 大好きな漫才師さんであった<夢路いとしさん(享年78歳)>が、残念ながら他界された

<中田ダイマル・ラケット><夢路いとし・喜味こいし>の2組の漫才が ある時期私のツボにはまった。
ダイラケさんの しつこいぐらいのネタの繰り返しの漫才とは対照的に
見事なまでのしゃべくりの会話の絶妙さに、同じネタながらも何度みても楽しいのです

ある訃報番組の中で、アナウンサーの女の方が“いとし・こいしさんのゆっくりした漫才は・・・”と
ご紹介されていたけれど、とんでもない! それは大きな間違い。
経験の浅い漫才コンビの会話は、一見スピード感がありそうだけれど
彼らの漫才は、単に口数が多いだけで なんの意味もない言葉の繰り返しなのである。

有名アナウンサーが“話す時に気にかけているのは、余計な接続詞を使わない事”というのを聞いたのだけれど
そうする事によって聞き手に、より多くの情報が与えられてしかも聞きやすいという利点がある。
これこそプロである。。。と思った。

<いとし・こいしさん>の場合も、無駄な言葉をなくし、大切な言葉だけを吟味してあるのだと思う
だから、話しの展開もスムーズに しかも次々とテンポよく繰り広げられるのだ

昔の記憶なんだけど、好きな番組で <いとこいさん>や他のメンバー 計6人程で囚人服を着ていたお笑い番組があったのだけれど あれは何の番組だったのだろうか。

“7万円、5万円、3万円・・・・がっちり買いましょう”というフレーズは、一世風靡したのだけど
この番組二つは続いて放送されていたのか、それとも同じ番組内でのコント部分だったのかどうしても思い出せない(ーー;)

漫才番組で必ず、出演してくれていた<いとし・こいし>さんの漫才がもう見れないなんて寂しいものです

2003.12.20

お笑い--3.M-1グランプリ

20年前の漫才ブーム以来、漫才やお笑いの世界は沈滞気味であった
それは寄席が少なくなり、テレビでのお笑い番組(しっかり数十分と演芸をする)も皆無な状態だからであろう

そんな時に突如として現れた「M1グランプリ」
お笑いファンにとっては“待ってました!!”と叫びたいくらいだった(*^_^*)

競争という目標があれば、演者達は必ず猛勉強をする
その目標はお金でもあり名誉でもあるのだが、真剣に取り組めば取り組むほど
彼らにとって それに費やした時間というのは 決して無駄ではない

稽古を重ねれば重ねる程 見る側にはそれがわかるのだ
テレビ番組であまりにも勉強不足で 喋りが下手な新人のコンビが画面にでると
私はすぐにチャンネルを替えてしまう(ーー;) 
 
しかしやっと昨今、たくさんの漫才の若手達がテレビで観られるようになったのだが、3年前に比べると、彼らはもう素人ではなくなってきている
格段に実力をそれぞれがつけてきているのだ

それは<全て>とは言わないが今年で3年目を迎える「MIグランプリ」のおかげではないかと考える
この番組の本番も面白いのだが、この番組の楽屋裏をとっている番組も
人間味が溢れていて大好きなのだ

一回目の「中川家」の受賞への道のりや、その時の受賞を横目で見ていた
「ますだ・おかだ」の悔しさの場面
その次の年へのグランプリまでのかれらの葛藤など・・・
お笑いを真剣に取り組んでいる姿には、心からエールを送りたい

2003.12.19

お笑い--2.桂 枝雀

家族や親戚、友達がなくなった時に悲しいのは当たり前
でもそれが自分とは<違う世界>の有名人の悲報を耳にした時に衝撃を受け
初めてその人が自分の心の中の何パーセントかを占めていたのかがよくわかる

ジョン・レノンやダイアナ妃のように、突然この世から消える筈ではなかった
大切な存在が消えてしまったという焦燥感は現在も残る  
あの当時 関連のニュースなど一切見たくなかったし 今なお見るのは辛い
殺害という外からの暴力ではなくて、自殺をしてしまった人への無念さも
こちら側にある

私にとって「落語」も「漫才」と同じ位置を占めていた
その位置におしあげたのは<桂 枝雀さん>
夜中にテレビ放送していた寄席を ラジカセに録音し何十本もためた
学生の頃だったから、テープを買うお金もそうないので
何度か聞いた演目は他のと録音しなおしてしまった

今、思えば、、、勿体ないことをした
枝雀さんの落語は、その時の気分で違うように演じるので
アドリブまじりな話しの展開で、色々な方向に話しが進んでいく
(ちゃんと筋は元に戻るのだけど)

落語だけでなく、枝雀さんの落語談義や笑いについての番組もたくさん観た
<緊張と緩和> よくこの言葉をおっしゃっており
年々その事に重きを置いているのが 浮き上がってきていたのだ

私は93年に初めての海外一人旅をしたのだけれど(海外旅行は2度目)
4カ月近い英国での暮しで 私を支えてくれたのは
<枝雀>さんの落語を吹き込んだ------カセットテープ10本

朝から晩まで英語だらけの生活の中、必然とストレスはたまっていく
幼児並な会話でしか相手に気持ちを伝えられない
英語って何気ない、日常会話のやりとりって難しかったりする>俗語があったりするから

日本を経つ前に何気なしに荷物にほうりこんだこのテープ達

夜 ベッドの中でウォークマンで聴く
枝雀落語の世界に 心の安らぎを求めたのである
今もあの時の心細さと、落語を楽しんだ感覚が残っている

枝雀さんの英語落語をサンケイホールで拝見し(英語落語を初めて3年目)
その後の英語落語の上達振りに驚かされ これで病気(昔からの鬱病の事は周知の事実)も違う方向へ向かってくれているものと思っていたのだが、、、
ファンの願いかなわず、枝雀さんは自殺の道を・・・

あの日以来、落語を聴く機会が激減してしまった
悲しい事である

2003.12.18

お笑い--1.角座

小さい頃からお笑いが大好きであった。
かしまし娘や、フラワーショー、、若井はんじ・けんじ、、、。
数え上げたらキリがない。 

そういえば、小学生の時に父に1度だけ角座に連れていってもらったことがある。
あまりにも面白かったので、“また連れていってな”と言う私に父は誓約書を書いてくれた。(笑)
「また連れていかん」・・・。これって昔の意味なら“連れていこう”(未来)という意味だという。
子供ながらに、なんとなく違うような気がしていたけど(笑)

結局は、もう2度と角座には行かなかった。
親と行動をともにするより、友達と遊びに行くほうが多くなったからかもしれないし
いつか行けると思っているうちに、角座がなくなっていたからかもしれない。

そんな角座がこの度、20年ぶりに復活するそうな。
道頓堀にまたお笑いが戻ってくるなんて、これほど嬉しいことはない♪

2003.12.17

パラボナミニとカウンター

まるで新しいオモチャを与えられたかのように、昨日はココログで遊んだわ。。。
デザインを色々替えたり、色やコンテンツをいじったり
久々に楽しかった♪

ということで今日は、ウェブログの新着を簡単に読み出しができ
目次のように表示される RSSリーダーのソフト(無料)をダウンロードしてみた♪

Mac使いの人にはこれね。(☆.☆) パラボナミニ♪
あっちこっちと触っていくうちに、やっと「ココログ新着記事」が見れたわん

さぁて、、もうひとつ、 カウンターも設置できるのかどうか試してみた

ウェブログの基本情報の基本設定
ウェブログのサブタイトルの四角い箱の中に、タグを埋め込めばオッケーでした

カウンターは昔使っていたのをそのまま使用したの。
ん、、無料カウンターを使う手もあったけど、、まぁ何かと面倒臭かったから
こちらを流用しちゃった

ま、何か不都合がでてきたら他のに替えてみよう。。。っと♪

-----------------
というのが 先ほどまで。。。(午後10時)
カウンターを早速 違うのに替えちゃいました(^^ゞ

2003.12.16

ニフとの出会い

何やら 始まったみたいね。
ん・・・。実はまだ何が何やら把握していないんやけど

こういうモノは 早いうちにクビ?頭?を突っ込んでおくに限る (* ̄m ̄)プッ
一体どういう使い方があるんだか、わからないけど
ちぃ〜と 始めてみましょうかしらね

ニフで  HPを作ってからもう3年半が過ぎた
しかもHPをアップする決心をしたのは その1年前。。。足掛け4年半か。。
その2年前にMacを購入し、実は1年間もネットに繋ぐ決心がつかなかったのは
ほんと 遠い思い出

そもそもパソに手を出そうと気持ちが動いた理由は
ヨーロッパの旅行記を書いておかなくては! と実感したから
日々、記憶が薄れていく中 焦り始めていたのよね 実際

幸いにして学生時代にタイプライターを習いにいっていたので(YWCA)
キーボードを触ることはなんら問題はなかったの

パソコンは絶対にこらからのモノという確信はあったから
じゃぁ、、一石二鳥でしてしまおう!!! と この世界を覗いてみることになった

ホント あの時に飛び込んでいてよかった
ニフティサーブのフォーラム、、しかもビギナーズのチャットのフォーラムは
あの時の私にとって とてもありがたいものでした

あの時の皆はどうしてるんだろうか。。。
なつかしいな。。。

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